塾生例会

4月塾生例会

【山梨県出身の偉大な実業家・根津嘉一郎の生き様から、出る杭となり将来のリーダーとなるべくものの見方を学ぶ】

「自修自得」自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら実践することを育む夢甲斐塾の活動として、2022年4月10日に我々現役塾生は「山梨県出身の実業家・根津嘉一郎の数々の功績をたどりながら、その生き様から、出る杭となり将来のリーダーとなるべくものの見方を学ぶ」をテーマに塾生例会を行いました。

当日の流れ

日時:令和4年4月10日(日曜日)
集合:9時15分
例会:9時30分~12時
集合場所:根津記念館(山梨市正徳寺296

■オプション

□昼食 12:30~
根津橋、根津嘉一郎像を眺めながら昼食(@喜多八:山梨市上神内川1492)
□桃の花鑑賞フットパス 13時30分~15時00分
昼食会場の喜多八より根津さんの案内で桃の花を観賞しながらのフットパス(約2㎞)

根津嘉一郎に付いて知るための座学

明治・大正期の実業家、政治家である根津嘉一郎について、我々はあまり知りません。今回の例会では、まず、根津嘉一郎がどんな人物で、どんな功績を残したのかを知るための座学を行いました。座学会場は根津記念館の目と鼻の先にあり、“自らの仕事も根津嘉一郎のスピリットを受け継いでいる”、“創業ではなく、企業再生のボロ買い”と語る仙洞田副塾頭が運営する「アートハウス」の完成間近の講堂を提供していただきました。そして講師は、山梨市のフットパスガイドとして、文化財や地域の歴史風土の紹介を手掛ける他、まちづくりNPO・古民家・里山再生等地域の要望を受けた活動を行っている夢甲斐塾12期の根津和博さんにお願いしました。

目の前に広がる満開の桃花の向こうにJR中央線を走る電車を臨む開放的な会場で、根津嘉一郎について、講師・根津和博さんが、プロジェクターを使い、

•甲斐国の幕末の時代背景
•甲州財閥の形成
•根津嘉一郎の足跡
•事業経営の目的

の順に、根津家の家訓、若尾逸平との出会い、事業家としての根津嘉一郎・~ボロ買いしての経営の多角化~などのエピソードを交えて分かりやすく説明。その内容は非常に分かりやすく、必然的に次に訪れる根津記念館へと興味を掻き立てられました。

根津記念館見学

座学終了後は、根津記念館に期待を膨らませながら徒歩移動し、旧青梅街道に面し、国登録有形文化財でもある長門門から根津記念館へといよいよ入館!

引き続き根津さんの分かりやすい説明を聞きながら館内を巡りました。

根津記念館の敷地は根津嘉一郎関与の元、甥の根津啓吉により、昭和7年から10年にかけて整備され、国の登録有形文化財である長屋門、旧主屋、土蔵など昭和初期の建造物があり、それに加えて当時の設計図により復原した青山荘と茶室など、それら全てが和風建築の粋をこらしたもので、近代数寄者としても名高い根津嘉一郎の故郷での「迎賓館」、大地主根津家の「地主経営の場」、「居住空間」としての機能を併せ持っていたと考えられ、本格的な近代和風建築の建物と空間を備えています。そして敷地内ではたくさんの山野草、樹木があり、四季折々の草花を楽しむことができます。
(根津記念館パンフレット・ホームページより一部抜粋)
<根津記念館ホームページ http://nezu-kinenkan.com/

根津嘉一郎についての座学を受けた後に、根津記念館の広大な和風建築を楽しみ、庭園でゆったりと流れる時間と四季折々変化する景色、樹齢を重ねた木々や山野草の中に身を置くことによって、根津嘉一郎を育てた環境にタイムスリップし、事業家、慈善家、文化人として様々な分野で活躍した根津嘉一郎の魂を肌で感じることが出来ました。

根津記念館見学の締めくくりは庭園に集合。日本一の富士山を借景し、根津嘉一郎翁が設計に関わった池、大磯にあった別荘から移植された見事な黒松に根津嘉一郎翁の気概を感じながら、塾生例会の閉会式を行い、参加者それぞれが感想を述べ合いました。

オプション

今回の塾生例会では例会終了後に、根津嘉一郎ゆかりの山梨市をさらに知ってもらいたいとの思いで二つのオプションが用意されました。オプションには塾生例会から続けて参加いただいた方のほか、都合で塾生例会には参加出来なかった方にも参加いただくことが出来ました。

根津橋を眺めながらの昼食

根津嘉一郎を学び、根津記念館を見学した後は、根津嘉一郎の寄附によって整備され笛吹川に架かる根津橋の袂に位置する「中華料理・郷土料理の喜多八」で昼食会が行われました。

「喜多八」は我々夢甲斐塾21期生の入塾式の後、歓迎親睦会を開いていただいた場所でもあり、ご縁のある場所でもあります。「喜多八」2階席の窓からは根津橋が目と鼻の先に見渡せるほか、笛吹川対岸の万力公園敷地内にある12.54mの台座の上に5.4mの高さで堂々と立つ根津嘉一郎の銅像を見渡すことが出来、午前中に根津嘉一郎について講師をしていただいた根津さんから、根津嘉一郎の銅像は昭和7年に建設されたのだが、第2次世界大戦中に軍の司令によってすべて拠出され、昭和35年に再建され今に至っているなどのエピソードを聞きながら、午前中に引き続き、とても為になる昼食会となりました。

桃の花鑑賞フットパス

塾生例会が行われた4月10日はまさに桃の花が満開の時期。昼食後は桃の花が咲く中、山梨市駅南側に位置する笛吹川沿いの小径、古道の旧家や石仏を訪ねるフットパスを根津さんのガイドで行いました。

出発は2020年3月に新しく橋上駅舎に生まれ変わった山梨市駅前から。根津さんから山梨市駅の駅名が昭和29年に行われた町村合併により日下部駅の名前から山梨市駅名になったこと、駅前ロータリーにある桃・ぶどうなどの甲州八珍果(葡萄・梨・桃・柿・栗・ 林檎・石榴・銀杏または胡桃)を天に掲げる子供たちと、それを見守る大人たちや犬をかたどり「大地のシンフォニー・豊穣への祈り」と名付けられた巨大なモニュメントが果物のまち、山梨市の新しいシンボルであること、そしてその施行費は?など普段我々が気にも留めてなかったことの説明を受け、参加者一同、無意識に興味の世界へと誘われ、山梨市駅南側へと足を踏み出しました。

山梨市駅南側に面し、広大な整地された空き地は日本に4つしかなかった日本カーボンの工場の跡地。山梨市の今後の発展に期待が集まっているとの説明を受けながら、一行は瓦屋根に漆喰の白壁と言う純和風家屋が残る丸山邸を見ながら南下して行きます。山梨市駅から5分も歩かないうちに、辺りには白壁の土蔵の家があったり、亀甲型の特徴のある石垣を持つ水路が流れていたりと、古き良き日本を感じさせる光景が広がっていました。

駅から10分も歩くと八幡大神社に到着。八幡社は境内社として防火の神の秋葉社、交通守護神の金比羅社、疫病守神の祇園社、水神の石尊社の他、酒の神、武神と様々な神が祀られていること、境内には見上げるような大きな土俵があり、江戸時代から奉納角力(ほうとうすもう)が行われていたとのことである。思わず当時の力士になったつもりで土俵に立ち、同じく土俵に上がって来た副塾頭に挑んでみた!その結果は如何に・・・

フットパスは赤いニット帽をかぶったお地蔵様や鎧兜を身に着けた将軍地蔵や、馬頭観音、子孫繁栄の意味があると言われ、仲良く手を繋いだ双体道祖神など現存する古い石仏に見守られながら更に南下し、ピンク一面に染まった桃畑の中を通り過ぎた頃、「かのがわ水車小屋広場」にゴールイン昭和30年代に活躍しており復元された水車が心地よく回転しながら我々を迎えてくれました。

フットパスを終えて、根津嘉一郎ゆかりの地(山梨市)を根津さんから説明を聞きながら自分の足で歩いたことで、今まで知らなかった物事を知り、そして時の流れを感じ、風土の匂いを感じることが出来ました。

まとめ

今回の塾生例会は、現役塾生として、自ら提案、企画を担当した初めての塾生例会でしたが、地元の先輩方、同期の仲間の多大な協力を得て大変有意義な塾生例会となりました。

根津嘉一郎の信念は我々夢甲斐塾生にも求められている姿ではないでしょうか?

今回の塾生例会で、根津嘉一郎の数々の功績をたどりながら、その考え方や生き様を知ったことで、参加者の皆が「出る杭となり将来のリーダーとなるべくものの見方」を感じていただけたなら幸いです。

参考ホームページ

根津和博:https://www.nezukazuhiro.com
アートハウス:http://www.arthouse.jp/
喜多八: http://kitahati.web.fc2.com/

COMMENT